Blood In My Eye

    Venni Vetti Vecci

    Rule 3:36

    Pain Is Love

    The Last Temptation


 

Ja Rule

 

ASHANTI
THE MURDERERS/THE INC
CHRISTINA MILIAN
METHOD MAN
REDMAN

 


 1978年生まれ、本名ジャー・アトキンス。RUN-DMCと同じニューヨーク州はクイーンズのホリーズ地区出身。 16歳のころからラップを始めたという彼は、1995年にキャッシュ・マネー・クリックなるラップ・トリオの一員としてシングル “Get The Fortune”をリリース。アルバム『Pimps And Players』も控えていたが、先行カットの評判が芳しくなかったせいもあって リリースを見合わせることになってしまう。それでも、同じブラント・レコーディングスに所属していたマイク・ジェロニモ 『The Natural』(1995年)収録の“Time To Build”にジェイ・ZやDMXと共に参加している。

 以来3年は沈黙を保つことになるが、 “Time To Build”での共演が縁となってジェイ・ZとDMXとの3名からなるプロジェクト=マーダラーズを結成、映画『Street Is Watching』 (1998年)のサウンドトラック収録の“Murdergram”で脚光を浴びる。同年には他にブラックストリートの“Boyfriend/Girlfriend”、 DMXやメソッド・マンらとの共演になる“Grand Finale”(サウンドトラック『Belly』収録)にも参加しているが、 決定打となったのは映画『ラッシュアワー』のサウンドトラックからのシングル・カットとなったジェイ・Z“Can I Get A...”で、 ジャ・ルールが発案したという印象的なフックと斬新なバウンス・ビートがダンスフロアを席巻。 このヒットにより、一躍ブライテスト・ホープへと名乗りを上げた。

 1999年には満を持してのデビュー・アルバム『イッツ・マーダー!』をドロップ。 シングル“Holla Holla”のヒットも手伝って見事プラチナム・ディスクを獲得することになる。 2000年にはアーヴ・ゴッティを中心とするマーダラーズのアルバムへの参加を経て、2ndアルバム『ルール3:36』をリリース。 初登場1位を記録した同作からは“Between Me And You”や“Put It On Me”の大ヒットを送り出し、 アメリカを代表するラッパーへとのし上がった。

 2001年に入ると、映画『ワイルド・スピード』でのスクリーン進出とサウンドトラックへの参加、 チャートの首位を制したジェニファー・ロペス“I'm Real [Murder Remix]”での好演など精力的な活動を展開。 その余勢を駆ってのリリースとなった3rdアルバム『ペイン・イズ・ラヴ』は、当然のように初登場でNo.1の座を射止めている。

 2002年もその勢いは続き、アーヴ・ゴッティ・プレゼンツによるマーダー・インクのコンピレイション『ザ・インク』でもクルーの出世頭として大々的にフィーチャーされた。2002年末、ボビー・ブラウンをフィーチャーした“Thug Lovin'”が先行シングルとなった4thアルバム『ザ・ラスト・テンプテーション』をリリース。