This is Post Classical | これがポスト・クラシカルだ
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This is Post Classical | これがポスト・クラシカルだ

ポスト・クラシカルとは


クラシックの新しい潮流--ポスト・クラシカル

ここ10年くらい、ポスト・クラシカルと呼ばれるジャンルが日本でも徐々に注目を集めるようになってきた。従来はアンビエント・ミュージック、ニューエイジ、あるいはクロスオーバーなどにジャンル分けされることも多かったが、現在のポスト・クラシカルはもはやクラシックのメインストリームのひとつではないかと思えるほど、欧米では高い評価と支持を得ているのが実情である。ヴァイオリンではヒラリー・ハーンやダニエル・ホープ、ピアノではアリス=紗良・オットといった第一線で活躍するクラシック演奏家たちも、近年はポスト・クラシカルの作品を積極的に紹介したり、あるいは直接コンポーザーたちとコラボレーションする機会が増えている。

どんな音楽なの?

ごく大まかに言い表すと、クラシック音楽が伝統的に培ってきた美しくアコースティック的なサウンド(多くの場合は室内楽や室内アンサンブル)を用いながら、1990年代以降のエレクトロニカ(電子音楽)の手法も取り入れた、現代的な感覚を持つアーティストたちの音楽。クラシック(たいていはピアノとストリングス)とエレクトロニカを組み合わせた音楽は、実は以前から少なからず存在していたけれど、それらはどちらかというとクラブシーンで聴かれる音楽、わかりやすく言えばスタンディングで聴く音楽を志向していた。数年前にドイツ・グラモフォンが立て続けにリリースした「リ・コンポーズ・シリーズ」(DJやリミクサーがクラシック音源を新たな作品として構築し直す)も、基本的にはハウス・ミュージックに属している。これに対し、ポスト・クラシカルの音楽はコンサートホールのような空間に座ってじっくりと耳を傾けて聴く時、その魅力を最大限に発揮する。ポスト・クラシカルは「人に優しく、耳に優しい」なのである。

なぜ人気が出ているの?

簡単に言うと聴きやすく、しかもよく考えられた音楽だから。ポスト・クラシカルの作曲家たちは、何らかの形で伝統的なクラシックの音楽教育を受けているか、あるいはクラシック音楽の豊富な知識を持っている人たちがほとんどである。つまり彼らは、メロディやリズムやハーモニーだけでなく、アコースティックな楽器のアレンジや音色の使い方までトータル的に考えながら、音楽を発想していく。ポップスのアーティストがアレンジャー任せのアンサンブルやオーケストラを伴奏で使うのとは、根本的に違うのである。さらに重要なことは、ポスト・クラシカルの人たちはアカデミックな現代音楽を作曲したり、作曲コンクールで受賞するような曲を書くことを目的としていない。あくまでも自分の世界観を表現するために、クラシックの手法を用いている。

どんな作曲家がいるの?

ドイツ出身のマックス・リヒターやハウシュカ(フォルカー・ベルテルマン)、アメリカ出身のニコ・ミューリー、アイスランド出身のオーラヴル・アルナルズやヨハン・ヨハンソンといった現在20代から40代のアーティストたち、それから彼らよりやや上の世代に属するイタリア出身のルドヴィコ・エイナウディなどが、日本ではポスト・クラシカルの代表人物として知られている(ちなみに「ポスト・クラシカル」という用語を最初に使用したのはマックス・リヒター)。さらに、ロック畑出身ながら近年はクラシック作品の作曲で高い評価を得ているアーティストたち、すなわちイギリス出身のカール・ジェンキンス(ソフト・マシーン)やジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)、アメリカ出身のブライス・デスナー(ザ・ナショナル)、カナダ出身のリチャード・リード・パリー(アーケイド・ファイア)なども加えて、欧米では一括してネオ・クラシカルと呼ばれることが多い。厳密に言うとポスト・クラシカルとネオ・クラシカルは違うとか、いろいろな意見も存在するが、実際問題として彼らは横の繋がりが強く、互いにコラボする機会も多いので、ここでは一括してポスト・クラシカルと呼ぶことにする。

映画音楽やテレビでも大人気のポスト・クラシカル

ポスト・クラシカルの作曲家たちは映画音楽やテレビの作曲でも引っ張りだこなので、そうしたメディアを通じ、知らず知らずのうちにポスト・クラシカルの音楽を耳にしているリスナーも多いはずである。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』などポール・トーマス・アンダーソン監督とのコンビ作で知られるグリーンウッド、『最強のふたり』のエイナウディ、『戦場でワルツを』や『シャッター・アイランド』のリヒター、『博士と彼女のセオリー』のヨハンソン、『ブロードチャーチ~殺意の街~』のアルナルズなど、枚挙に暇がない。ソロ・アルバムの場合でも、あるいはサントラの場合でも、彼らの音楽はリスナーに映像を思い浮かべさせる力、つまりヴィジュアル性が非常に高い。その結果、リスナーひとりひとりが自分の記憶や思い出やお気に入りの風景を音楽に投影しやすくなる、それもポスト・クラシカルの大きな特徴のひとつである。

ポスト・クラシカルの歴史 ①はじまりはサティ

ポスト・クラシカルの美学は、実は今から1世紀以上も前、エリック・サティの音楽とその在り方にすでに現れていた。サティはアカデミックな作曲に背を向け、カフェ・ピアニストの仕事を通じてポップス的な感性を磨きながら、のちのミニマル・ミュージックを予告するような反復中心の作曲を試み、「家具の音楽」という概念を提唱して環境音楽やアンビエント・ミュージックを先取りし、晩年には映画音楽の作曲さえ試みた。生前ほとんど注目を集めなかった彼の美学は第二次世界大戦後、アメリカの現代作曲家ジョン・ケージらによって再評価され、1970年代になると「家具の音楽」の概念にインスパイアされたブライアン・イーノが「ミュージック・フォー・エアポート」(文字通り空港のBGMとして作曲された曲)をはじめとするアンビエント・ミュージックを発表し始めた。リスナーが“寝落ち”することを目的に作曲された、リヒターの長大な変奏曲集『スリープ』は、そうしたサティを源流とする美学を現在のポスト・クラシカルに受け継いだ象徴的な作品である。

ポスト・クラシカルの歴史 ②ミニマル・ミュージックの影響

サティからケージに受け継がれた美学は、1960年代にミニマル・ミュージック(反復とズレを中心にしながら、素材を最小限に限定した音楽)を生み出す大きなきっかけのひとつとなった。具体的にはスティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、テリー・ライリーなど「アメリカン・ミニマル・ミュージック」、それにアルヴォ・ペルトやヘンリック・グレツキなどの「ホーリー(聖なる)ミニマリズム」が登場してくるが、ポスト・クラシカルの作曲家たちはほぼ例外なくこれらミニマル・ミュージックの影響を強く受けており、パターンの繰り返しやループの使用といった手法がポスト・クラシカルを特徴づける重要な要素のひとつとなっている。加えて、もともとミニマルの演奏家として登場したリヒター、フィリップ・グラス・アンサンブルに在籍していたこともあるミューリー、ライヒの作品をライヴで演奏しているグリーンウッドやデスナーなど、ポスト・クラシカルの作曲家たちはことあるごとにミニマルの古典を立ち返ったり、あるいはミニマルの大先輩たちと直接コラボを重ねたりしている。さらに、ペルトの作品に典型的に聴かれるようなシンプルな三和音の使用、あるいは中世~ルネサンス期の音楽への回帰といった要素も、ポスト・クラシカルの音楽全般に大きな影響を与えている。

ポスト・クラシカルの歴史 ③ミニマルからの枝分かれ

ミニマル・ミュージックは70年代のプログレッシブ・ロック、特にマイク・オールドフィールドやブライアン・イーノなどに大きな影響を与えたが、そうしたプログレの文脈の中から、ミニマル的な手法をもとに独自の音楽スタイルを発展させたのが、バンド「ソフト・マシーン」のメンバーだったカール・ジェンキンスである。日本では「アディエマス」の作曲家として有名だが、近年はミニマル的な手法と自身の音楽的ルーツである教会音楽を融合させたユニークな音楽を作曲している。また、70年代のプログレと80年代のテクノの影響を受けたルドヴィコ・エイナウディは、音数(おとかず)を必要最小限まで減らしていくミニマル・ミュージックの美学を独自に発展させ、シンプルなピアノ・ソロを中心とした音楽作りが欧米で高く評価されるようになった。

ポスト・クラシカルの歴史 ④ルチアーノ・ベリオの影響

時代が前後するが、ミニマリストのライヒ、それからのポスト・クラシカルのエイナウディとリヒターの3人は、ケージと交流のあったイタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオに作曲を師事し、ベリオから絶大な影響を受けた。ライヒはベリオを通じてカールハインツ・シュトゥックハウゼンの電子音楽の存在を初めて知り、エイナウディはベリオによってアルメニアの民俗音楽の素晴らしさを教えられ、リヒターはベリオに学んだ体験が自分の音楽キャリアで最も強烈な体験だったと、それぞれ語っている。ベリオがいなかったら、ミニマルもポスト・クラシカルも現在とは違った発展を辿っていたはずだ。

ポスト・クラシカルの歴史 ⑤アイスランドからの潮流

21世紀に入り、ポスト・クラシカルの作曲家たちはヨーロッパ各国からほぼ同時発生的に登場してくることになるが、その中でも特に注目すべき国は、2002年にヨハン・ヨハンソンがアルバム・デビューを果たしたアイスランドである。1990年代以降、アイスランドの音楽シーンはビョークやシガー・ロスといったアーティストの登場によって世界的に知られるようになったが、彼らと関係が深いエンジニア/プロデューサーのヴァルゲイル・シグルズソンが2005年にレーベル「Bedroom Community」をアイスランドで設立し、当時まだ無名だったニコ・ミューリーをアルバムデビューさせると、アイスランドはポスト・クラシカルの牙城としてにわかに注目を集めるようになった。2012年、ミューリーのツアーに同行していたシグルズソンはヒラリー・ハーンに初めて紹介され、彼女がハウシュカと計画していたアルバム『シルフラ』のプロデュースを引き受ける。シグルズソンは同郷のアーティスト、オーラヴル・アルナルズともライヴで共演しているが、その縁でアルナルズはミューリーに紹介され、アルナルズのアルバム『フォー・ナウ・アイ・アム・ウィンター』のオーケストラ・アレンジをミューリーが担当することになった。その後、アルナルズはアリス=紗良・オットをアイスランドに招いてアルバム『ショパン・プロジェクト』を録音するといった具合に、誰かと誰かが芋づる的に繋がっていくアイスランドの濃密な音楽的人脈が、現在のポスト・クラシカルの隆盛に大きな役割を果たしている。

 まだまだ他にもいろいろな流れや影響関係が存在するが、上で述べたような歴史をたとえ知らなくても、ポスト・クラシカルはとても身近で親しみやすい音楽に感じられるはずである。 前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

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