BIOGRAPHY

bond ボンド


Bond _bioThe bond Story ボンド・ストーリー

はじまり~

1980年頃、地球の両端でボンドは始まった。

オーストラリアのパースでは、5歳のヘイリー・エッカーが初めてヴァイオリンを手にし、呑み込みの早さと素晴らしい指使いを見せ、教師たちを驚かすこととなった。

海岸沿いに2000マイル離れたシドニーでは、タニア・デイヴィスが、ご褒美のチューインガムとおもちゃの動物につられて、ヴァイオリンとピアノの練習を始めた。


ウェールズのカーディフではエイオスがおもちゃ代わりにヴァイオリンの弓で遊んでいた。イギリスの反対側のハルでは7歳とやや遅咲きながらゲイ=イー・ウェスターホフがピアノに開眼した。しかしチェロを持てるくらい大きくなるとすぐに憧れていたチェロに転向した。

数年後~

音楽学生時代、思いのままに世評の高い賞を数々手にしてきた4人のセクシーで小生意気で素晴らしい才能に恵まれた少女たちは、それぞれもっと大きな夢を見はじめた―――クラシックの弦楽四重奏の再発明である。レッド・ツェッペリン、デヴィッド・ボウイ、クィーン等を手がけた伝説的なコンサート・プロモーター/マネージャーのメル・ブッシュの紹介で4人は出会い、夢へ向かって同じヴィジョンを持つことになった。堅苦しいボウ・タイやふわっとした黒いドレスはなし。分厚い譜面のまえに座って権威的な指揮者の意のままになることもなし。その代わりに彼等はまったく自由な空気を呼吸するのだ。楽器編成はクラシカルだが、このクァルテットは既存のジャンルや伝統に拘束されはしない。

4人の調和と野望に満ちた計画を象徴して、4人は自らを「ボンド(=きずな、統合)」と名付けた。

使命開始~

ボンドはオリジナル曲を中心に(主にマグナス・フィエネスの作曲)録音を開始する。標準的なクラシックの方法に拘らず、4人の素晴らしい演奏家は並外れたテクニックと生来の感性で楽曲を魅力タップリに料理した。アレンジはトランスやハウス・ミュージックからサルサや東欧民俗音楽まであらゆる要素を組み合わせている。その結果、劇的で、感動的で、セクシーで、閃きに満ちたオリジナリティーが生まれた。

冒険は続く~

デッカと契約し、ボンドの使命はユニバーサルなものになった。彼等の音楽は因習に囚われず、インターナショナルで年齢も問わない。クラシックの作曲家についての予備知識は必要ない。ドレスコードも紳士気取りな態度もいらない。ナチュラルな才能と専門的な訓練を経た演奏家として、ボンドはステージングの腕を密かに磨き、あっと言わせるようなカリスマ的ライヴ・アクトになった。

勝利へのカウントダウン~

ついに世界に進出する準備が整った。まずイギリスで2000年8月にファースト・シングル「ヴィクトリー」をリリースする。クロアチアの多作な作曲家Tonci Huljic作曲の「ヴィクトリー」はドラマティックで爆発的なデビューだ。5大陸すべての音楽的要素をユニークに融合している。2000年9月には、あのロイヤル・アルバート・ホールでフリー・ショーケースを開催。超満員の観客の前で1時間を超えるステージを見せた。4人編成のバック・バンド、8人編成の弦楽アンサンブルをフィーチャー、白いスーツに身を包んだボンドの4人はステージ中を動き回ってダンサブルな演奏を披露。子供から年配の夫婦まで幅広い年代のオーディエンスも大歓声で応えた。アンコールのシングル・ナンバー「ヴィクトリー」では、派手に着飾ったサルサ・ダンサーが客席に登場、まるでカーニバルのような興奮を巻き起こした。ボンドは、既にイギリス、フランスを初めとするヨーロッパを席巻し、2001年6月に1stCD「Born/Bond」が日本で発売された。このCDのプロモーションの為、6月日本を初めとする各国で極東ツァーが行われた。

 
 
 

BOND 着うた・着うたフル

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